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ハイキングから登山、クライミング、BCスキーと、オールラウンドに活動する山岳ガイド、杉坂勉のホームページです。



個人山行記録CLIMBING RECORD

2012-4-16~21 北海道・利尻山スキー登山



はじまり
 今となっては一体なぜ利尻に行くことになったかさえ、はっきりとは思い出せない。確か登山研修所の何かの研修会の折、講師控室で大ちゃん(佐々木大輔君)に利尻の写真を見せられ、「来年行きますか?」などと声をかけられたのを良いことに、ホイホイと話に乗ってしまったのがおおよそのあらましだったような気がする。その後の気持ちとしては、「なぜ?」利尻に行くことになったかよりも、「どうして?」誘いに乗ってしまったのか!ということの重大さに気づいてからの焦りの方が大きかったからかもしれない。
 とはいえ、さらに話は進み、同じガイドの島ちゃん(島田和昭君)も巻き込んでの計画になってしまった。もう今さら後には引けない状態になってしまったのだ・・・・・。俺に利尻なんて滑れるのかな・・・。もしかしてまた病院送りになってしまったりして・・・。2度目はないよなー・・・。出発までの数か月、こんな思いばかりが頭をよぎった・・・。
 そして月日はどんどん流れ、気が付けば出発前夜。どういう訳か年が明けてからというもの何かと忙しく、ろくに準備もできないままでの旅立ちとなってしまった。
 ちなみに妻に利尻行きの話を打ち明けたのは、出発まえ1カ月をきってからでした・・・


4月16日(月)
 なんと妻は、早朝荷物の多い旅立ちに、仕事の前に品川までわざわざ荷物の運搬がてら見送りに来てくれた。あああ、また頭が上がらなくなってしまったな。でも感謝。感謝。
 というわけで羽田でオーバーチャージの¥2,000を払い、無事にチェックイン。なんか北海道へ行くだけなのに、海外遠征にでも行くような気分で新千歳行の飛行機にのった。
 心配なのは今後の天気。週間予報はころころ変わり、出発直前には週前半はあまり好ましくない天気予報に変わっていた。
 新千歳空港へ降り立ったときは、まるで曇天のどんより雰囲気・・・ここで関西から来る島ちゃんと合流し、高速バスで一路真駒内へ。ここへ大ちゃんが迎えに来てくれる手筈になっているのだが、到着した真駒内は物凄い強風!大丈夫か、明日から!!
 とりあえずこの日は大ちゃんの豪邸へ迎えられ、今後の身の振り方を3人で協議。翌日は利尻の天気が思わしくないので、トレーニングを兼ね十勝のカミホロへ行き、山岳スキーの手ほどきをされることになった。
 この日の夜はちょっとした宴会。あすからの天気は微妙だが、そんなことはどこ吹く風!3人の雰囲気はすでに最高!明日からのことや、ルートの話もさることながら、誰かの噂話や下山後のこと??でも大盛り上がり。まあノーテンキ3人組が集まり、楽しい雰囲気でこの1週間が過ごせそうな感じでのスタートだった。


4月17日(火)
 翌日は「いやー、はずしちゃいましたねー!」という大ちゃんの声で始まった。なんと朝起きてみると天気予報が好転。利尻の天気は今日も含め連日の晴れマークに変わっていた!
 こうなりゃ、もう行くしかない!あわただしく準備を済ませると、国内の登山にしては多すぎるほどのギアやらスキーやらの装備を大ちゃんの車に押し込み、小雨の降る中6時に札幌を出発!
   
 とにかく14時までに稚内へたどり着けば、14:30発の最終のフェリーに滑り込める!こうして長い長いドライブが始まった。しかし相変らず島ちゃん「ノリ」がいいね・・・
 僕らは低い雲が立ち込める北海道をひたすら北上し、気が付けばもうすぐ稚内に。豊富バイパスのあたりに入ったころからか、左手のサロベツ原野の向こうになにやらぽっかりと浮かぶ島が・・・「うおー!利尻だー!」

 低い雲の切れ間から、白く尖がった利尻が姿を見せ始めた。いやがおうにも期待が高まる。「かっこいいなー、利尻はー!」車内は既に興奮状態。でも一番盛り上がってのは俺かな??
 それから1時間弱、12:30ごろ僕らは稚内に無事到着。余裕でフェリーには間に合いそうだ。
    
 稚内で荷物を再整理し、最終のフェリーに乗船。長いドライブの末に何とかこの日利尻入りすることが出来た。
                
 島に着くと、北海道ガイド協会のメンバーで、地元唯一のガイド、渡辺敏哉さんが出迎えてくれた。この敏哉さん、なかなか気さくな方で、なんかとてもいい感じ。北海道というか利尻そのものを人柄でそのまま代弁している感じだった。
 その後敏哉さんのペンションでさらに身支度を整え、大ちゃんの案内で夕暮れの利尻をぐるり1周り。その後、明日入山するオチウシナイ沢の林道終点、標高350m付近にテントを張った。
  
 この日の夜はジンギスカンと、前の日に仕入れた行者ニンニクでパーティー(略してジンパ)すでにさいこーの気分で床に就いた。


4月18日(水)
    
 翌18日はいよいよ入山。僕たちの計画は利尻山東北稜から取り付き、山頂でテント泊。余裕があればロウソク岩登攀。翌日にロウソク岩登攀となった場合、午後遅くに西面の大斜面をスキー滑降。適当なところにテント泊。そして最終日に再び山頂へ登り返し、北東面をスキー滑降するというもの。ところが目覚めた頃には既に外は明るいではありませんか!
3人ともお互いにお互いを頼り、おまけに僕の新しい腕時計はアラームの音が低く、いつ鳴ったのかも分からないという始末。んー、先が思いやられるが、とにかく支度を整え東北稜へ。
 今日の登攀は技術的にはさほどでもないが、1300mあまりの標高差だ。

 東北稜の出だしはなだらかな樹林帯から始まるが、それもすぐに終わり、やがて広く開けた尾根となる。朝日にキラキラ輝く海をバックに硬くクラストした斜面をどんどん上がって行った。
 目の前には利尻山がどーんと構えている。標高こそ1700mちょっとの山なのに、その山容は岩と雪に覆われてとても魅力的だ。またこの利尻という立地条件の厳しさも相まって、険しい姿がさらに神々しく見えた。
 僕らの登る東北稜は写真左のスカイラインの少し右側。顕著に黒く尖がった岩塔が3本見える(人によっては2本かな・・)あたり。まさにその3本槍を右手に見ながら越えていくルートだ。そして最終日に下山のため滑降する予定のラインは、先ず山頂から少し右に滑り、画面中央、赤茶けたロックバンドの上を左に切れ込むルンゼを貫け中央の大きな沢に入っていくというもの。
 ヤバい、かなりヤバい。東北稜はともかくスキーのラインはかなりヤバい。本当にまた病院送りになってしまうかも・・・・。
 しかしそんな不安もかき消されてしまうほど、今日の利尻山は神々しかった。まさしく神がつくり賜ったもの。この美しさの前では下界のすべての悩みは消え失せ、今ここに存在するものは唯一、この美しい存在のみだ!そしてその美しさの中に僕ら3人がいる。これから現れるいくつもの困難もすべて、今回はそれを超えていく喜びに変わるだろう!
 まさしく僕らはこの神々しい存在と同化し、調和しようとしている!こんな幸せがほかにあるのだろうか!!すでに僕はこの美しすぎる存在の中でトランス状態に入っていた・・・
  
 やがて東北稜は左からせり上がってくる尾根と1003mピークで合流し、いよいよ細くなっていく。ここからは小さなアップダウンを繰り返しながら、雪庇の張り出した稜線をたどって行くためスキーは使えない。しばらくぶりの重荷にさらにスキーが加わり少し歩きづらい。
        
 おまけに時間の経過とともに雪がクサリだし、ツボ足歩行に切り替えた僕らはズボズボともぐるザラメ雪と、時折腰まではまる落とし穴に悩まされながらの登高となった。
 稜線はいよいよ険しさを増し、時には細く、時には急にせり上がり、そして時には大きく雪庇を張り出してその姿を変えていく。それらを一つ一つよじり、トラーバースし、平均台の上をそっと歩くように越えていった。
 やがて僕らの前には“門”と呼ばれる岩壁帯が立ちはだかった。ここからロープスケールで3ピッチ、切り立った雪庇の上から懸垂下降しオチウシナイ沢の本流に降り立つまでが本日の核心部となる。
 ここでロープをつけ、いざ門の登攀へ。ピッチグレードは4級程度らしいが高さはそれほどでもなく、ほんの3手ぐらいで核心を抜けることができた。しかしザックに括り付けたスキーがいたるところに引っ掛かり、いつもとは勝手が違う。
 1ピッチづつトップを交代し、やがて切り立った雪庇のセクションへ。



        
 僕らのいるところからは、どれだけの張り出しがあるかを伺い知ることが出来ない。そんなピッチに限ってオハチが僕に廻ってくる。さすがにここは門の通過より緊張した。とにかく雪庇の上に極力乗らないよう、その大きさを多めに見積もりトラバース気味にジリジリと這い上がっていく。
 しかし登るラインはすでに日射をもろに受け、雪は最悪の状態。知らず知らずのうちにより高い方へあがっていた。「ヤバいここは絶対に雪庇の上だ・・」でもこれ以上下には這い上がれるようなラインは無い。その下はスッパリとアフトロマナイ川に向かって切れ落ちている。
        
 わずか5mほどのリッジを進むのに、どれくらいの時間をかけただろう。逡巡しながらも何とか先端にたどり着いた。大ちゃんの話では昨今この先リッジ上の雪庇は繋がっていて、渡れるかもしれないとのことだったが、今僕の目の前にはスッパリと切れ落ち、とてもクライムダウンなんてできそうにないリッジが足元から切れ落ちていた。どうやらこの先の雪庇も既に崩落してしまっていたらしい。
 ろくなアンカーも取れず、腰ビレイして2人をリッジの先端まで迎え入れた。「絶対に落ちないでよー!」
 とにかくこんなところには長居したくない。ここはきっと雪庇の上だ!そそくさとディッピングアンカーを埋め、それでもいつもより深く埋め、懸垂下降に取り掛かった。ロープスケールで35m〜40mほどでオチウシナイ川のルンゼへ降り立った。「あああ、生きてたぜー!」
  
 あとは急な雪壁をひたすら利尻山頂に向け登るのみ。ここは日のあまり当たらない斜面のせいかアイゼンもサクサクと気持ちよく食い込み、とても歩きやすい。先ほどの過度な緊張感から解放されてか、再び深い幸福感がやってきた。振り返れば今日越えてきた東北稜のリッジやピナクル群が続いて見える。
  
 大げさな言い方をすれば、「そしてその時はやってきた」となる。13時少し過ぎ、僕らは利尻山の山頂にたどり着いた。真っ青な空、どこまでも続く海、そしてすべての物が足下に見える“頂”の上に僕らは立っていた。まさしく別天地。下界のたわごとなどもうどうでもよくなるほどの幸福感。そして今日越えてきた数々の場面を思い起こしては、充実感に浸っていた。
 そしてこれが大ちゃんに撮ってもらった今日のベストショット!
 思い起こせば数年前、初めて登山研(その当時は文登研)の講師研修会に呼ばれてからというもの、スキーは登山研修所始まって以来のド下手だった私・・・。数々の伝説も作ってしまい、挙句の果ては研修終了時にスキー板を投げつけたなどなど今でも語り継がれてしまう始末。
 それがどうだろう、この写真、誰がこのような光景を想像することが出来ただろう!まさしく大自然のなせる業!!利尻ありがとう!!シーハイル!!!
 しかし更なる感動のるつぼが僕たちを待ち受けていようとは、この時にはまだ知る由もなかった。
        


4月19日(木)
 僕ら3人組はよっぽどお気楽組なのか、この日シュラフから這い出たのはすでに日が高くなった朝の8時だった。んー、、日ごろ登山研で学生たちにハッパをかけている身なのに、これでは示しがつかないな・・・・実は6時ごろには目が覚めていたのだが、テントのジッパーを開けてみると外は一面の白い世界。ガスが濃くて視界ゼロ。ロウソク岩など跡形もなく消え失せ、まるでイリュージョンの世界。そんな状況を繰り返し、とうとう8時を過ぎてしまった・・・
 ともあれ朝食を済ませ、外へ出てみた。ガスは切れ初めており、ロウソク岩も元通り眼前に聳え立っていた。
 まずはロウソク岩の取り付きまでロープをつけて下降。沢の右股を下降していく。「あれ、こっちは左では???」なんてその時は誰も気づかず、ここと思しきところをどんどんと下降していった。
 ロープスケールで3ピッチ分下降したところでガスが切れ初め、頭上には立派なリッジが、はるかロウソク岩のピークめがけて伸びている。
 「ここだ、これに間違いない!」3人とも疑う余地もなく、このリッジに取り付く準備にかかった。
 「さて誰が行く?」トポによればルートはV級中心の簡単なリッジで、途中にW級程度の核心がある。昨日の夜に核心は島ちゃんが行くことに決まっていたので、1ピッチ目は僕が行くことにした。「V級程度だし見るからに簡単な草付だな」と、たかをくくって取り付いた。 出だしは確かに簡単だった。適度に凍った草付はアックスがよく効き、サクサクと登っていける。「おっといけねえ、こんなにランナウトしちまったぜ。簡単だからって甘く見ちゃいけねえな。」と、さっき預かったプロテクション(ハーケン、ナッツ、カム)類を取り出そうとした。クライミングギア類は島ちゃんが担当で揃えてきた。「こんなに重いものを、島ちゃんありがとね!」
 と、ところがところがである!!!「あ”あ”あ”!」な、な、なんと!ナッツを取り出してみて驚愕の事実に驚いた!数はまばらに間引いてあり、しかも同じサイズが2個もあるじゃないか!!「あのっバカ!!」必死に目の前のクラックに当てはめるがどれもイマイチ・・・。こんなに良いクラックがあるのにいー!!こうなりゃしょうがない、慎重に落ちずにランナウトしていくしかない!「つまるところ落ちなきゃ良いんだよ。」
 ここでスイッチがカチーンと入った。時にはダブルアックス、時にはアックスのピックでフッキング、そして素手と、あらゆる手段を使い、高度を稼いでいった。「WCM出といて良かったぜー。」トラディショナルなクライミングはサイコーだぜー!!!
 またまた今日もトランス状態。そろそろ1ピッチ目終了点あたりなのだが、良いビレイポイントが見当たらない。「繋げれらたら繋げちゃっていい?」強気な自分と、不安な自分が心の中でせめぎ合っている中、つい口から出てしまった。「行っちゃって、行っちゃって」下から返事が来てしまった・・・
 おうし、度胸を決めるか!このまま頭上の雪壁を行ったのでは傾斜が強くなる。どう見てもリッジは右上しているのだからここで快適な草付を離れ、トラバースだ。右に右にと細かなスタンスを拾ってのトラバースはなかなか。どうやらこの上に3人立てそうなバンドがありそうだ。見当をつけてさらにロープを伸ばしていく。
 そのうちに何か変だと気付き始めた。確かこのピッチもV級のはず。でもこれV級じゃない!しかもここまで50m近くロープを伸ばして、残置物を含め登った痕跡は何一つなく、さらにアイゼンで擦った後すら見当たらない!
 「これ、ルートが違う・・・・」どう見てもトポに当てはまらないこのリッジに、僕等の予定したルートではないのでは?疑念が湧いてきた。
              
 激しいランナウトと格闘し、何とかバンドにたどり着いた。そこにはおあつらえ向きの大きなピナクルがあり、スリングをかけてビレイ。とにかく2人を引き入れた。なかなか緊張感があり、登り応えのあるピッチだった。
 ここでリードを島ちゃんにバトンタッチ。見上げると、ここからは雪のリッジがずっと上まで続いており、簡単に抜けられそうな感じだ。
 ところがここからが本当の核心だった。傾斜は見た目以上にあり、しかもプロテクションも取りづらそうだ。実際、島ちゃんもジリジリと匍匐前進のように這い上がっていく。ホールドを掘り出そうにも、利尻の強い風に叩き付けられてへばり付いた雪は相当硬く、なかなか崩せない。そうこうしているうちに時間はあっという間に過ぎていった。
 日は更に高く登り、ロウソク岩のピークあたりにも燦々と光が当たり始めている。どうやら僕らはかなり上まで来ているようだ。
 「島ちゃんガンバ!」後はもう島ちゃん頼み!そして取り付きから4時間余りかけ、島ちゃんの奮闘で、ロウソク岩のピークに至る最後の雪を切り崩し、僕らはロウソク岩のピークに立つことができた。



              
「やれやれ、軽い気持ちで取り付いたが、やっとの思いでたどりついたぜ」僕らの登ったルートは左の写真のまさに岩塔右に見える顕著な雪のリッジ。1ピッチ目はこの雪のリッジの裏側を登り、いったん中央の傾斜の落ちたリッジへ。そこからピークに向け走る黒い筋を登ったのだ。
 時計を見ればすでに15時前、記念撮影を終えると早速下降。利尻山頂の幕場に戻り、急いで撤収作業。大ちゃんが言うには、これから滑る北西面の斜面はこの時間帯が一番いいコンディションだという。
 しかしなんという幸せ。ロウソク岩の登攀だけでもまずまずの1日なのに、今日はこれからさらにスキーができるなんて!!
 ここからは大ちゃんの先導で、さっき登ったロウソク岩をバックに今日の締めくくりを開始した。まずは山頂から南西面へドロップ。ここから右へ右へトラーバースし、沓形稜も越えて北西面の大斜面へ。「ここが山頂直下から滑れる利尻一番の大斜面!」大ちゃんの説明にうなづきながらも慎重にトラバースしてついて行く。実はスキーは2週間ぶりで少々不安だったのだが、山頂直下からのドロップを無事にこなせたので、少し気が楽になった。「お!案外調子いいじゃん!!」
 そしてトラバースした先には、とてつもない大斜面が僕らを待っていてくれた。「うおー、これ滑るのかよー!」標高差1000m弱、斜度35度〜30度のきれいな一枚バーンだ!





        
 僕らは沈んでいく夕日に向かって、オレンジ色に染まった大斜面に思い思いのトラックを刻んでいった。
 滑りながら自分が落とした湿雪の表層雪崩を追い越し、小刻みにターンを切る。あとから思えばこんなに大きな斜面なんだから、もっと大回りでターンすればよかったが、それでも今このときは最高の気分で滑っていた。
 「これが利尻かー!これが利尻のBCスキーなのかー!」それはさっきまでのロウソク岩の激闘の末に利尻山が僕らに与えてくれたご褒美だった。そしてその素晴らしい瞬間を僕はかみしめながら滑った。まさに今期サイコーの瞬間だった。
             
 大ちゃんの言うモアイ岩までノンストップでは滑れなかったが、それでもこの日の滑りは大満足!!傾斜といい、スケールといい、今の僕にはとても合っていた。はたしてこの大斜面と調和し、素晴らし存在の中にとけこむことが出来たかはちょっと自信はないが、それでも今日この日を締めくくるにはもってこいのシチュエーションだった。


4月20日(金)
 やがて最終日の夜が明け、いよいよ今日はあのスリリングなルンゼに突入する日だ。
 まずはテントを撤収し、昨日サイコーの気分を味わった大斜面を登り返す。早朝の斜面はカリカリにクラストしており、しょっぱなからクトーをつけてのハイクアップだ。
 登り始めてしばらく行くと上部の開けた大斜面に出た。ここでルートを最後は左の北稜に抜けることを3人で確認し、思い思いのラインでハイクアップしていった。ほどなくして傾斜が急になり、シール登高はここが限界のようだ。スキーはザックに括り付け、アイゼンで登り返す。

             
 2時間ちょっとで北稜の避難小屋の少し上に出ることが出来た。今日もまたいい天気だ!

 そしてほどなく北稜から利尻山の山頂に再びたどり着いた。山頂からは昨日登ったロウソク岩も、まさしく僕らが登ったラインをこちらに向けて聳えていた。
 山頂でのんびりできると思いきや、大ちゃんが「今行きましょう、今が一番いい!!」と、早速のドロップを提案。僕らは急いで昨日山頂にデポしたギアを掘り出し、パッキング。最高のコンディションを逃すまいと、準備を整えた。しかしパッキングの済んだザックはちょっと重く、不安がよぎる「こんなに重くて大丈夫か!」。「昨日の大斜面と違い、今日はコケたらヤバいよなー・・・」
 大ちゃん曰く、「今日のスキーは、気持ちいいなーというより、よし!っ滑ったぞ!といった感じ。」だそうだ。僕は何とか無事に降りられれば御の字だ・・・。
 11時少し前、僕らはまさに利尻山山頂から栄光の!?ドロップを開始した。まずは大ちゃんが山頂から軽快にドロップ。しかし今日の大ちゃんも、さすがにいつものようにすっ飛ばしてのライディングではなく、慎重に状態を確かめながら滑っているようだ。
 「ところどころ硬いところが残ってるから気を付けて!」「雪のいいところを狙ってターンして!」とアドバイスをもらい、いよいよ2番手に僕がドロップ。
 さすがに大ちゃんのラインは怖いので、逆の緩いラインから度胸を決めて滑りだした!しかし滑り出してすぐの段差にシュルンドが隠れており、スキーのトップが突き刺さってあえなく転倒・・・・。まだ傾斜の緩いところで良かったぜー。

 焦りながらもスキーを掘り出し、再びドロップ。「まずは慎重に慎重に!」
 しかしその下はノール状になっており、傾斜がどんどん増している。大ちゃんのアドバイス通り、雪の状態のいいところをめがけて滑り、ターンを決める。北東面を向いたこの斜面は、先ほどからようやく日の光が当たりだし、日向はまずまずのコンディションだが、一歩日影に入るとまだガリガリのアイスバーンだ!なるべく日影には近づかないようにラインをとり、慎重に慎重に滑り降りた。


 上部の傾斜はどれくらいか?40度ほどはあるだろうか。下にはさらに傾斜の増した斜面と、岩塔郡が待ち構えている。まずここでコケれば再びの病院送り間違いなし!
 長めに斜滑降をとり、良いところを見計らってターンするが、膝はすでにパンパン。荷物が重いせいもあり、朝一でコケたので、かなり力が入ってしまっていた。
 とにかくこのセクションは何といわれようと安全第一!下の状況がはっきりと分かるまでは、滑るというよりは安パイで下るしかない。



       
 写真では軽快に滑っているように見えますが、実はかなりゆっくりと滑ってます。
 目指すは一番右の写真の左側に映っている岩塔。ここまで下りれば下の様子が見えるはず!
       
 “後傾にならないよう、怖くてもホールラインに体を落とし、スキーのトップを下に下に向けて!!”富山の岩雄師匠の教えを心の中で反芻し、楽しむというよりは怖い目に遭わないよう、とにかく単純な動作を繰り返し繰り返し、何とか目標の岩塔に到着。
 狙い通り??ここまで来ると狭いルンゼの下にはオチウシナイ川の本流が見え、気持ちの上ではかなり楽に。僕たちは精神的な核心部を突破したのでした。
 傾斜にも体が慣れ、先が見えればこっちのものと、思い切ってルンゼに滑り出したのですが、標高が低くなったこともあり、雪は重たいザラメ雪に。ターンをするたびに表層の緩んだザラメ雪が雪崩れ、昨日は軽快に追い越せたはずが、今日はすでにパンプして委縮した膝ではスピードが出せず、とうとう雪崩に追いつかれ、一時はスキーが埋まってしまう羽目に・・・。
今日の斜面中、サイコーのセクションと思っていたはずが、やはり無難な滑りで下るしかなくなってしましました。
 やがて僕らは狭いルンゼを抜け出し、海岸線へと続くオチウシナイ川の本流に飛び出しました。ここからは一昨日僕らが出発した林道終点も間近にに望めます。
 傾斜も手ごろに落ち着き、ここからデブリ群までのしばらくの間が本日サイコーの斜面。これまで抑圧してきた(怖くて委縮していたという方が適当か・・・・)欲望を一気に解き放ち、スピードに乗って林道終点に向かてまっしぐら!
 ところがこれで終わらないのが今日のミソ。快適な斜面は程なく巨大なデブリ群に行く手を阻まれ、その中を縫うように進まなければならない羽目に・・・。夢の世界は短くも終わりを告げ、一気に長い長い過酷な現実の世界がやってきたのでした!
 「デブリかー、この前大ケガしたのもデブリだったよな・・・。」
 「ここは細心の注意で行かねば・・・。」
 しかしすでに疲労は隠せない状態。このままの状態で突っ込んでいいものやら・・・。しかし、ここは避けては通れない道。
 そんな僕を知ってか知らずか、佐々木大輔大先生は「何があるか分からないから、ささっと通過しましょう!」「僕ならここから堰堤まで5分ですよ!」といって、デブリを縫うように行ってしまいました。
 左右の細いルンゼからは気温の上昇に伴い、小さい雪崩が頻発。もう行くしかない!!
 デブリの直前では島ちゃんとシンクロしながらデブリの間を滑るという、ほんのささやかな幸せを味わいましたが、その後は地獄。そして地獄。おまけにここまで標高を下げると、気温が一気に上昇。灼熱地獄も加わり、雪にスキーが引っ掛かり、ターンもままならなくなってきました。
 これまでの過度の緊張感と、技術のなさを何とか筋力でカバーしてきたのが、ここにきてついにエンプティー・・・。激しい凸凹に足をとられ、何度も転倒し、デブリ脇の斜面に乗り上げ、また転倒し、大ちゃんや島ちゃんに、あっという間に後れをとり、そんなこんなを繰り返してやっとの思いでデブリ帯を通過。「やれやれ、ほんとにやれやれだぜ。」
 しかしここで腐らないのが今回の俺!転倒にかけてはお手の物。この100倍いや1000倍つらい思いをしてきたおかげか、これくらいは何のその!!
 最後は林道終点の堰堤まで一気に滑り降り、無事にこの日の滑降を終えることが出来ました。
 時間も時間と、沢の中ではろくに休憩も取れず、何かに追われるように滑り降りてきましたが、ここまでくれば一安心。
 振り返るとまた物凄い形相の利尻山がそこに聳えているではありませんか。なんだか僕らは魔の山から必死に逃れてきたよう。
 「ほんとうこんなところ降りて来たんだなー。すげーなー。」感動が後から後から湧いてきました。「ウスコシ山の杉坂」と言われたこの俺が・・・・。
 ここまで支えてくれた富山の岩雄師匠、今回一緒に滑ってくれた大ちゃん、島ちゃんほんとにありがとう。
       
そして過酷な使用にも耐え、僕を守ってくれたスッピトファイヤー、本当にありがとう!

 最後に、こんな素晴らしいチャンスをくれた利尻の神様、どうもありがとう!!


おわりに
      
 当然、降りてきてからは祝杯!渡辺敏哉さんのペンション“レラ・モシリ”に戻ってきたのは午後の2時まえ。今回使用したギアやシュラフ、スキーを干しながら、帰りがけにコンビニでシャンパンを購入。みんな今回の山行を祝し乾杯しました!

 いやー、今回は本当に夢のような3日間でした。行きかえりも含めれば6日間、終わってみればあっという間でしたが、その日その日、その瞬間その瞬間は、どれもとても実りのある時間でした。これらの体験が今僕の体に浸透し、新たな自分というもの、いや本当の自分というものを取り戻したような感じです。
 天候にも恵まれ、素晴らしいロケーション、そして気の合った仲間、何一つ申し分のない状況での山行であり、これは本当に神様の贈り物なのでは?と思いたくなるような山行でしたが、こういった体験って僕たちにとって本当に大切だなと、改めて思った次第です。
 さて次回はどんな山行が待っているのでしょうか?それまでしばしの間、今回味わったえもいわれぬような幸福感を、ガイド山行の中でも皆さんにお裾分けするといたしましょう。

おわり

バナースペース

山岳ガイド 杉坂 勉

〒399−8303
長野県安曇野市穂高2592-1
ヴィーゼ等々力B202

TEL/FAX  0263-87-2252