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ハイキングから登山、クライミング、BCスキーと、オールラウンドに活動する山岳ガイド、杉坂勉のホームページです。


個人山行記録CLIMBING RECORD

2014-2-19~3-1 北海道・利尻山 Climb and Ride!

 あれから2年の月日が流れた。そう2年前の4月、誘われるがままに計画に乗り、3泊4日の山の中で喜び、恐れ、感動し、そしてこれ以上の至福があるのか!という強烈な思い出を刻みつけた利尻。それ以来僕の登山スタイルの理想は、登りはクライミングで登り、下りはスキーで滑り降りるというものに固まった。これが高じて最近では、クライミングギアからスキーまでのギアにもこだわりを持って選ぶという、なんだか懐かしいころの記憶も呼び戻され、ああ、やっぱり俺はこんな人間なんだ。という自分自身を取り戻したような充実感さえ感じるようになってきていた。
 そして次なる目標を探していたころ、再びあの山が気になりだしてきた・・・。登山研修所の控室、確か2年前もそうだったな・・・「大ちゃん、やっぱ俺もう一度利尻に行きたい。」「じゃあ、このルートなんてどうですか!」
こうして僕たちの次なるチャレンジが始まった。
       

伏線
 2014年の2月は、観測史上初といわれる程の大雪が関東甲信越に降り、死者まで出る事態になっていた。そんな中ごたぶんに漏れず、僕も長野で帰宅困難者に・・・2日間を佐久平で過ごす羽目になり、出発前日の2月18日まで家に帰ることさえ出来ない状態で、北海道行きも危ぶまれるほどだった。
 それでも2月18日に中央道が復旧し、無事に帰京。その夜に慌ただしく準備を整え、翌日の飛行機に飛び乗った。

2月19日(水)
 新千歳空港に降り立つと、ほっと一息つけた。何と言っても昨日まで東京に帰れるかさえ分からない状態だったので、この地にに降り立つまで何が起こるかと疑心暗鬼になり、不安を抱えながらの機内だったのだ。
 またこの日の午前中は、アウトドア関係のメーカーの展示会を3件ほどまわっての羽田行きだったので、かなり慌ただしかった。
 札幌まではバスで移動し、今回のメンバーの一人である佐々木大輔君の出迎えを受けた。
 大ちゃんはみんなが知る、日本の山岳スキーヤーの第一人者。スキーの腕と雪を見る目はピカイチ!そして現在僕と同じく国際アスピランガイドとして、国際ガイドへの最終段階に来ている。野生派で今回のような山行にはとても頼りになる存在。また2年前の僕たちのチャレンジの後、NHKのBSで再び厳冬のオチウシナイ沢を滑り降りる映像は、かなりの人が観たはずだ。
 
2月20日(木)
 この日もう一人の大切なメンバーである島田和昭君は、仕事の??忙しさから準備がままならず、明日の到着ということに相成った。
 島ちゃんも2年前に一緒にオチウシナイ沢を滑り降りた1人。関西出身の陽気なノリで、とてもいい雰囲気を作ってくれる。僕らのチームに欠かせない面子だ。
 話は戻り、島ちゃんも明日に延期となったので、大ちゃんの勧めもあり、この日は車を借りて札幌テイネスキー場で、最後のスキー調整。3日間クローズだったというゲレンデは程よいパウダーで、とてもいい特訓になった。
 しかし僕もこのところとても忙しく、体は少々おつかれモード・・・調子に乗ってちょっとやりすぎたかな。本番にこの疲れがひびかねばいいが・・・
 夜は札幌のショッピングモールで食料の買い出し。徐々にではあるが準備が始まった。
    

2月21日(金)
 僕が北海道入りしてはや3日、ようやくこの日の午後、3人目のメンバー、島ちゃんが札幌に到着。これでメンバー3人全員がそろった。さしずめシーンとしてはオーシャンズ3といったところか??
 めぼしい3〜4のサイトで天気予報を確認したところ、25日に気圧の谷の影響が少しあるものの、なんと明日22日から下山予定の26日まで、ほとんど全日程いい天気!複数のサイトで同じ予報なのだから、確率はかなり高い!!
 前回もさることながら、俺たち(というより大ちゃんがかな・・)持ってるぜ!

 夕方から追加の買い出しと、その後大ちゃん家でギアの厳選。2年前はかなり甘い感じのセレクトだったので、今回はバッチリ!か??
 夜はなんと、大ちゃんちの実家のお母さんが僕らのために夕飯を作ってくれ、ありがたくごちそうに。そしてまたスキー場での仕事を終えたお父さんが、わざわざ僕らのために夜行バスのバス停間まで荷物ともども送り届けてくれた。
 本当にありがとうございます。
 この夜、11時発の夜行バスに揺られ、僕らは稚内へと旅立った。

2月22日(土)
     
 早朝の5時。「長らくのご乗車・・・」という車内アナウンスに、快適な3列シートのバスの旅は終わりを告げ、僕らは小雪の舞う稚内のフェリーターミナルに下ろされた。
 始発は6時30分の鴛泊行きだが、なにやらカウンターに人だかりが。掲示板にはなんと運行見合わせの張り紙が・・・
 どうやらこのところの強風で、稚内沿岸には流氷が押し寄せており、状況を確認中とのことだった。ちなみに昨日は終日欠航・・・なんだか暗雲が漂ってきたか。

 結局条件付きという形で、7時30分、鴛泊行フェリーは出港。ところが流氷を避け沖に出ると、なんと大波小波。飛行機のエアポケットさながらの浮遊感と、ぐぐっと床に押さえつけられるかのようなGを受けながらの航行。30分もたたないうちに気持ちが悪くなってきた。「うわ、やば!」はきそうな気分をこらえ、座席に突っ伏したままおおよそ1時間強の船旅を味わうことになった。

 かなりの苦痛の末、何とか周囲に迷惑をかけることもなく、鴛泊港に到着。やれやれ助かったぜ。しかし、こんな状態じゃ今日は俺使いもんにならないな・・・。
 鴛泊港には前回同様、ペンション・レラ・モシリの渡辺敏哉さんが出迎えてくれていた。

 早速ペンションまで送ってもらうと、これまた敏哉さんのお姉さんで、レラモシリを切り盛りしている真奈美さんが暖かく出迎えてくれた。そして前回の利尻スキー登山の僕らの下山後の様子を思い出し、嬉しそうに話してくれた。利尻の人って暖かいですよね。
 その後ペンションの玄関先を借り、慌ただしく荷物を整理し、入山準備。すると、なにやら島ちゃんが慌てた様子。「あれ、あれ、あれ?」「どうした?」「すいません、ギアを忘れてきてしまいましたー!」
 前回のナッツ事件(2012年4月の利尻スキー登山参照)を彷彿させるような事件発生!!
 敏哉さんに頭を下げ、足りないギアを貸してもらうことが出来たが、アイススクリューとその他ギア少々足りないままの入山となった。「あのなー」
        
 それから再び敏哉さんの送迎で島を反時計回りに西へ西へ。どうやら敏哉さんたちも、僕らを送り届けた後、スノーモービルを駆って僕らと同じ大空沢に入り、パウダースキーをする予定だそうだ。
 そしてここが今回僕らの出発点、そう入山口というよりは出発点と言った方がピッタリくる、長浜のしおり橋に到着。
 11時30分、早速スキーにシールを付け、大空沢(オオカラサワ)へ。緩やかな雑木林の中を一路ベースキャンプ地と呼ばれる大地めざしハイクアップ。利尻山はまだ厚い雲に覆われ、その姿を垣間見ることは出来ない。雲の流れから上空はかなりの強風が吹いている模様。
 雑木林の中はさほどのラッセルもなく、程なくして大空沢の林道に合流。ここからは、例の敏哉さんたちのトレースを頼りにスムーズにハイクアップ。
              
 おかげで行動時間をだいぶ時間短縮することが出来た。
 その後、パウダー三昧の敏哉さん達の利尻BCパーティーに再び合流。しばしの休息の後、パウダーをもう1周するという敏哉さんたちと別れ、いよいよ3人きりになって大空沢の奥へと踏み込んでいった。上部は相変らず濃いガスの中。西壁を望むことは出来ない。
 
 やがて傾斜が増してくると、谷もその両側をスッパリと切れ落とした岩壁になり、深くそして狭く僕らを包み込ん来る。右岸からは大きな雪崩の跡も落ちてきており、徐々に緊張が高まってきた。「どうやらこのデブリ、新しいな。」「サイズ2以上はある。」「けっこうヤバいな。」
 このころから雪の量も爆発的に多くなり、スキーを使っても厳しいほどのラッセルとなった。「こんなところスキーじゃなきゃとても無理!」「俺たちスキーで良かったね。」
 きつい傾斜をキックターンでこなし、本流からの大きな雪崩にやられないよう、谷の左端を岩壁にひっつくように喘ぎながらのラッセルを繰り返した。
 大空沢の左股に入り、さらに傾斜を増した雪の大海原を、真新しいデブリの端を外さないよう慎重に登る。やがて目の前には今日の幕営予定地である、第一コルとおぼしき大地らしきものが見えてきた。
 最後はどうしても左股の大海原を左岸目指してトラバースせざるを得ない。お互いの間隔を大きく空け、デブリの上を大胆にトラバース。ここはスピーディーに越えたかったので、雪が硬く締まっていて助かった!
        
 夕闇の迫る第一コルにたどり着いたのは既に午後6時。あたりはまだ濃いガスに包まれ、上部をうかがい知る由もない。あとは明日の好天を願い、ひたすらスコップを振って雪洞を掘った。
 幸い雪の量はたっぷりとあり、適度に締まった雪は御あつらえ向きの宿を提供してくれた。中は2〜3人用のテント1張りと、大ちゃん先生のVIPルームが出来るほどの豪華な間取り。あとは今日の順調な行動に満足しながら、穴倉の中での晩餐を楽しんだ。「これなら明後日には下に降りられるんじゃないか。」「標高差も水平距離もそんな無いしな。」
 しかし翌日からのハードなクライミングを、この時僕らはまだ想像することも出来なかったのだ。

2月23日(日)
 早朝の4時。僕の腕時計のアラームが鳴り、やがて次の日の朝がやってきた。
 昨晩大先生の方式で、雪洞の入口を完ぺきに塞いであったので、まずはこのブロックを蹴破ることから1日が始まった。
 外はというと・・・小雪がちらつき、ガスもまだ濃いようで山の輪郭さえうかがうことは出来ない。昨夜からおよそ10cmの降雪はあったか。しかしここまでは、昨日仕入れておいたヤマテンの猪熊大先生の予報通り。「そんなに慌てることは無い。」「昨日のうちにここまでこれたんだから。」「時間を遅らせますか。」そんな感じて起床は結局6時になった。

 しかし・・・次に目が覚めると、外は既に明るくなっている。穴倉から再度外に出てみるとガスが切れ始め、次第に山肌がその圧倒的な威圧感を持って僕らの目の前に現れ始めていた。そう、僕らはとんでもない光景の真っ只中にいたのだ!

「こ、これ、ヤバいよ・・・」
 目の前には圧倒的な威圧感を持って西壁が聳えている。そしてその両側をまるで僕らを包囲し逃がさないかの様に、右に仙法師稜そして左にロウソク岩の左稜が、ギザギザとした岩峰をそそり立たせている。今回ばかりはとんでもない獲物?に食いついてしまったか!誰が獲物だって?獲物は僕らの方かもしれない!!ここにきてようやく僕らは、自分たちの立てた計画がいかに壮大なものであるかを思い知ったのだった・・・。
 ちなみに僕らの計画はこうだ。利尻山頂の西面に聳えるロウソク岩のてっぺんに立つことを目標とし、そのロウソク岩に至る最も合理的かつシンプルで美しいと思しきライン、西壁の中央ルンゼンから取り付き、ロウソク第一リッジに継続する。そして利尻山頂(本峰)から東面にいくつもの筋を垂らし、下でそのすべてを束ね東海岸へと流れ込むアフトロマナイ沢をスキーで滑降するというもの。もし計画通りに行けばアフトロマナイ沢初滑降となる。
 もちろん、スキー滑降も計画のフィナーレを飾る大事な要素なので、西壁の中央ルンゼ登攀は、スキーを担いでのクライミングだ。当初は写真を見ながら下部の1〜2ピッチ頑張れば、何とかなるとタカをくくっていた。もし中央ルンゼが難しそうなら、その左右どちらか登れそうなラインを見つけてトライする。しかしいま、この西壁の圧倒的な全貌を目の当たりにして、僕らの計画は揺らぎ始めていた。「本当に大丈夫か?」「スキーもって登れるのか?」「結構傾斜キツイなー」「登れそうなラインなんてあるか?」こんなこと考えているうちに、だんだん気分が悪くなってきた・・・。もう胃がひっくり返りそうだ・・・。

 とにかくいずれにしても、ここに長居している場合ではない。早速朝食を済ませると、可能性を見出すために中央ルンゼの取り付きに向かって行動を開始した。
 まずは大先生が先陣を切ってハイクアップ。徐々に傾斜を増した大斜面は、その所々にクレバスが大きな口を開けている。その光景はまるでヨーロッパ。「ここは外国か!」僕の頭はすでに混乱をきたし始めていた。
 そうこうしている間にも大ちゃんは、合理的なラインで中央ルンゼ取り付きに向かっている。島ちゃんもそのあとに続き、戦列に加わろうとしている。なんだか僕一人だけ、この雰囲気に乗れないままでいた。そう、僕は昨日の入山から、今一つこの場の空気になじめないでいたのだ。「前回は初日からあんなにハイな気分でいられたのに・・・」今回は気持ちが乗れない。トップに立ってもラインをうまく読めない。向かうべき方向が掴めない。ラッセルも遅い・・・。まるで戦力になっていない。
         
 そうこうしているうちに、2人はどんどん取り付きに近づいている。それでも2人の付けたトレースを頼りに、最後の急斜面で追いつくことが出来た。ここからはスキーを担ぎ、ツボでラッセルだ。ここでラッセルを変わるが、45度を超える斜面と胸までもぐる深雪に、なかなか前に進めない。
 ストックで頭上の雪を掻き、膝で押し固め、やっと足を乗せる。しかしもぐる。足下に雪を入れる。再び足を乗せる。この繰り返し。取り付きはもう目の前なのに、一向に近づけない。徐々に上がってきた気温と、燦々と照りつける陽光に、体も汗ばんできた。「杉さん、ザックおろしてカラ荷で行ったら?」「お、そうか!」島ちゃんのアドバイスに我に返り、その場にザックを下ろすと、身軽になったからだで、雪をこぎ続けた。11時少し前、ようやく中央ルンゼと思しき壁の基部にたどり着いた。
                
「よーし、じゃあ1ピッチ目は僕が行っても良いですかー!」大ちゃんの志願に誰も異論はない。ホント頼もしい存在だよね。大先生は!こうして11時20分。ようやく僕らは中央ルンゼに取り付いた。
 壁は、浅い凹角というよりはまさに壁そのもの。下から見るとスタンス、ホールドともに豊富そうに見えるが、実際はそんなに甘くないらしい。大先生も出だしこそするすると上がって行ったものの、10m上でかなり苦労している様子。プロテクションもそんなに良くなさそうだ。じりじりと垂直の匍匐前進を繰り返している。
 ようやく凹角の抜け口直下まで登り、凹角右のピナクルでピッチを切った。「ビレイ解除!」時間は既に午後の1時近く。気温もこの時期の利尻にしてはあり得ないほど高くなっていた。このころより、左の左稜あたりから雪崩が落ち始めていた。そしてそれは段々と大きくなり、僕らを取り囲む谷中のあちらこちらで落ち始めてきた。「うわ、ヤバいな。」「ここ、場所が悪いから一度降ります!」さすがの大先生も、ルンゼのど真ん中でビレイはありえないと思ったか、アンカーにテンションをかけ、ロワーダウンしてきた。
「プロテクション取れないから、ベルグラ頼りにあっち登ったけど、あの位置はさすがにルンゼのど真ん中なんで、一発来たらちょっとヤバいかも・・・」大ちゃんの言うとおり、まさしくそこは雪崩のど真ん中。激しさを増す雪崩を前に、僕らは計画を練り直さねばならなくなった。足下を見れば、今さっき通ってきたトレースはすでに雪崩の通り道と化し、僕らが昨日泊まった雪洞も雪崩の渦にのみ込まれようとしている。「もう少し出るのが遅かったらやられてたね・・・」「これ、すこし時間を見て雪崩をやり過ごした方が良いな。」「んー、だったら俺がこのロープ使って途中まで行って、そこからルンゼの流芯外した左側にアンカー作り直してくるよ!」という僕に、「いや、それ俺が行きます!」島ちゃんがその役をかって出た。島ちゃんも今日はやる気だな!
 そして、間もなく島ちゃんがリードを代わり、アンカーポイントを付け替えに出た。しかしさすがになかなか遅々として進まず、周囲の雪崩もさらに頻繁になってきた。「しかしこのルンゼだけはまだ落ちてこないな。」「ここだけは落ちないのか?」「さもなくばエネルギーをため込んでいるのか?」そんなやきもきした時間がどんどん過ぎていく。足下は既にデブリの山となっている。
 「ビレイ解除!」ようやく島ちゃんのコールが聞こえたのは、太陽の日がもうかなり低くなった頃った。
               
 さすがにセカンドもこの傾斜に、この荷物ではフォローで上がることは出来ず、ユマーリングで上がることに。そしてカラ荷でリードした島ちゃんのザックは、そのロープの末端に括り、2人目ユマーリング後に3人目が補助しながらの荷揚げ。こんな方式はこの1ピッチで終わると思ったのだが・・・。
 ビレイポイントで待つ島ちゃんのところまで行くと、その辺の雪をかなりかいたらしく、細いブッシュを根元までだし、3つ4つ束ねてアンカーを作っていた。「だから時間かかったんだねー。」
 次の実質2ピッチ目はようやく僕のリード。傾斜の緩くなった雪壁を右にトラバースし、垂直部分の一番短くなった部分から再び上の緩い雪壁へ。硬く締まった雪はさほどもぐらず、サクサクと登って行けた。時間が時間なので、良いビバークポイントを探しながらの登高。しかしどこも傾斜がきつく雪も思ったほど溜まってはいないので、雪洞はおろかテントを張るテラスさえ作れそうな良い場所は見当たらない。
 もう少し上はどうか?その上は?傾斜はなさそうに見える棚も、行って見るとただの雪壁。ここもだめ。もうロープが一杯になる!さすがにルンゼのど真ん中はヤバいので、流芯は避け左のリッジ上に這い上がった。ここで太めのブッシュを選んでアンカーをとる。「ビレイ解除!」ここは後続の2人もザックを担いでのフォローで上がってきた。
 しかし頭上を見上げると、なんとそこは垂直のブッシュ帯。まさしく垂直だ。いや一部ハングしている!どこ超えるんだ次のピッチは!?2人が上がてくる間に観察すると、流芯の左に浅い凹角がある。傾斜は垂直だが、左右に足を張れば傾斜は殺せる。草付なので、アックスも刺さるはずだ・・・行くならあそこか?
 2人が上がってきたころにはすっかりあたりは黄金色に染まっていた。「何とか急いでもう1ピッチ伸ばそう!」「フォローする時間ないなら、ロープフィックスでも良いじゃん。」「このピッチは俺に行かせて!」ようやく僕もこの西壁に入り、調子を取り戻しかけてきた。
 垂直の草付まで2人に先行してもらい、僕がフォロー。ロープを整理してギアを選び、時間切れになった時のためにヘッドランプも装着して、いざ垂直のブッシュへ!左に左にトラバースしながら、凹角のホールド、スタンスをチェック。出だしは草付にアックスを決めてあのピナクルの上に立てれば何とかなる。あとは神のみぞ知る。か。
 あたりはすっかり薄暗くなり、早くもヘッドランプ点灯。アックスのフッキングポイントを探し、ピックを突き刺す。決まりが悪い。もう一度アックスを振る。何とか行けそうだ。左足をさらに左に送り、雪面に蹴り込む。フロントポイントの決まった鈍い感触を頼りに体重を預ける。いよいよ垂直部に突入だ。ここで1本プロテクションを決めたいところだが、暗がりの中ではいいポイントが見当たらない。ワードホッグを突き立てようとするが、ハンマーの一振りで抜け落ちてしまう・・・。あのピナクルに届きさえすれば・・・プロテクション無しで突っ込もうとした時、「杉さん、きょうはもうやめましょう!」島ちゃんの声が。「そだね。きょうはもうやめといたほうがいいかな。」「じゃ、もどるよ!」
 「ナイス、クライミング!」2人とも僕のこんなチャレンジに、ささやかな賞賛をかけてくれた。なんだかちょっと心が暖かくなった気がした。
 さてそうと決まればさっさと戻り、ビバークの準備だ。僕がビレイポイントに戻ると、大ちゃんはさすが既にテラスを切終えていた。「んー、今日はテント張れないかも・・・」さすがに一番傾斜は緩いとはいえ、それでも50度近くはあるだろうか。既にあたりは夕闇に包まれ、ヘッドランプで照らされたテラスから下はまるで奈落の底。「ここで、まさかのお座りビバーク!」「もうちょっと削ればテント張れるんじゃない?」3人で手分けし、テラスを切る者、ギアを整理する者、アンカーを補強する者、だれ言うとなくみんなそれぞれの持ち場で、それぞれの役割を果たした。
 そしてまずまず立派なテラスが切り上がったころ、またまた大先生のスーパーアイディアがさく裂。3人のスキーを束ねて連結すると、切り出したテラスに敷いた。「これでテラスの端っこが崩れ落ちるのを防げる!」「ナイス。さすが!」

 僕らはこの日も何とか狭いテラスの上にテントを張ることが出来た。「これがあると無いとでは大違いだ。」「テントの中に入ると、まるでここが狭いテラスの上だなんて思えないね。」
 ひと心地着くと、早速夕飯の支度。例のギリギリボウイズ風なメニューはこんなところでもOK!暖かい夕飯を腹に入れることが出来た。しかしさすがに横になって寝ることは出来ず。3人横に並んでお座り状態で一夜を明かした。しかも時折落ちてくる雪片にびくびくしながら・・・大先生曰く「今夜はとりあえず、気が狂ってだめだーと言うまで、ヘルメットかぶってた方が良いんじゃないですか!」「じゃもう俺、気が狂ったから脱ぐ!」「俺も脱ぐ!」僕と島ちゃんは早々に脱帽。しかししばらくすると大先生も、「僕も気が狂ったから脱ぎます!」とうとうみんな脱帽。そしてバラバラ―っと、雪片が落ちてくると、「空襲警報発令っ!!」急いでヘルメットをかぶった。
 結局みんなまどろんでは目覚め、お尻や腰の痛さに可能な限りの寝返りを打ち、またまどろんでは目覚めての繰り返しで夜明けを待った。
 しかし今日の成果は2ピッチと半分・・・。こんなペースではたして頂上にたどり着けるのだろうか・・・。

2月24日(月)
 翌日の夜明けは早かった。僕一人だけ寝覚めは悪かったが、ほかの2人は早く体を動かしたいとばかりに身支度を整え始めている。
  
 ささっと朝食を済ませ、テント内の個人装備をザックに詰め込みいざ外へ。まだ薄暗い明け方の空気はひんやりとして冷たい。
 テントを撤収してよく見ると、僕らは昨夜こんな狭いテラスで1夜を明かしたんだと、ちょっと誇らしいような、ゾッとするような、そんな気持ちの中で出発準備を急いだ。

 ようやくヘッドランプの明かりに頼らなくても良くなった朝6時、今日の戦いがはじまった。先ずは僕が昨日引き返した垂直の草付フェースにトライ。じりじりとトラバースし浅い凹角へ。ここまで6〜7mは来ただろうか?まだプロテクションは1個も取れないままだ。左に突き出たピナクルめざし、またじりじりと高度を稼ぐ。アックスが決まるのは幸いだが、ここまで満足なプロテクションがとれていないのが気になる。
 とにかくピナクルに頼りないランナーをセットし、ロープをクリップ。「へえ”−、とりあえず1個とったぜ!」そのまま強引にピナクルの上に立つ。傾斜はいよいよきつくなり、まさしく垂直の草付!「これが利尻か―!」そんな思いで次のアックスのもって行き場を必死に探す。
ようやくアックスを決めると今度はスタンスを探す。草付にアイゼンをけり込み、岩にアイゼンの爪をわずかにひっかけ、そこに立ち込む。

 途中、足場の良いところで凍った草付にワードホッグを打ち込もうとするが、すぐにはじかれてしまいプロテクションを決めることが出来ない。3回トライしてみたがいずれもだめ・・・。
 右腕はみるみる力を吸い取られ、アックスを握ることさえままならなくなってきた!「やべっ、」「墜ちっかもしれねー、たのむねー!」もう行くしかない、スイッチが入った。
 周りを見渡し、使えそうなフッキングポイントを探す。草付にアックスを決める。そして妙に冷静になった頭でムーブを組み立て、その通りに体を動かす。こうして核心部を抜け出し、ようやく少し傾斜の落ちたところまで登り切り、御あつらえ向きのクラックにトライカムを1つ決めた。「やれやれ。けっこうヤバかったな・・・。」
 頭上のハングはさすがに左から回り込み、ようやく緩傾斜の雪壁へ。さらに少し上がってブッシュを穿り出し、3つ束ねてアンカーをセットした。「ビレイ解除!」ようやく僕の戦いが終わった。
         
 ビレイポイントで、2人がユマーリングしてくるのを待ちながら、次のラインを探す。目の前には20m程度の氷柱が垂れ下がっていた。これはまさしく純粋な氷。あれならいける!
 しかし次のピッチ、島ちゃんはルンゼのど真ん中にあるその氷を避け、左のリッジに這い上がってしまった。「あああ、もったいない・・・。」

 次のピッチは大ちゃん。10mの垂直草付にアックスを突き刺し、楽々越えていった。「これならザック担いで、フォローで行けるか??」僕はこのピッチ、ユマーリングせずザックを担いだままフォローで登ってみた。しかしその考えはちょっと甘かったようだ・・・。垂直部分の先には、かぶり気味の凹角が待ち構えており、なかなか足を決めることが出来ない!アックスを頭上に決めると、強引に這い上がった。
 さてここで、ルートは2手に分かれた。僕らの頭上は絶望的な垂壁が帯状に広がり、とても越えられそうにない。しかしその垂壁の上で傾斜はかなり緩くなっていそうな気配だ。ようやくこの中央ルンゼ地獄に光明がさしてきたか!
 さて、ではどこからこの垂壁を越えていくか?左はやや傾斜の緩い凹角がその垂壁に切れ込んでいるが、その先が見えず、どうなっていることやら。唯一先が繋がっていそうなラインが右のリッジだ。傾斜も各段に落ちている。「行くならここだな。」しかしそのリッジに取り付くには小さなリッジを2つ跨ぎ越し、かなり右に水平トラバースをしなければならない。まあ行けるだろう。リッジに取り付いてしまえばこっちのもんだ!
 僕はたかをくくり、ザックを担いだままトラバースに乗り出した。しかし最初のリッジを越えた時、この選択が決して楽なものでは無いことを悟らされた・・・。リッジに取り付くには5mほどの垂直ブッシュを登らねばならないではないか!ザックを担いできてしまったことを物凄く後悔した。
 このままではちょっときつい、2〜3手頑張れば越えられそうだが、肩にずっしりと重荷を感じてはちょっと厳しいい。仕方なく一度ビレイポイントまで戻った。

 カラ荷になって再びトラバース開始。断然体の動きが違う。ユマーリングでフォローする2人には悪いが、何とか右端のリッジにたどり着けた。しかしここからがホントの核心。か細いブッシュに硬い硬い雪がまるで鎧のようにまとわりついている。こいつを叩き割って中からブッシュを穿り出し、根元にスリングを巻きつけてランナーをセット。アックスをだましだまし決め、アイゼンをけり込むとその鎧はもろく崩れ、どんどん足場は無くなっていく。さらに頭上の鎧を叩き割り、中のブッシュを引っ掴みながら体をずり挙げる。こんなことの繰り返しで既に手指は張れ上がり、感覚もマヒしてきた。どうにか太そうな樺の木にたどり着き、これをまた必死に雪を叩き落としながら穿り出し、アンカーをセット。「がー、登り切ったぜ。」
                 
 気が付けば、太陽はまた西の海に沈もうとしている。ここからさらに2ピッチロープを伸ばすと、僕らは中央ルンゼの最上部を抜け、待望のロウソク岩第一リッジを目前に拝むことが出来た。
 ロウソク岩第一リッジのコルはおそらくこのすぐ上だ。「今日は雪洞掘れる所まで頑張りましょう!」大ちゃんの声に促され、リッジを右にトラバース。コルへ上がるのは諦め、その下の急雪壁に雪洞を掘ることにした。しかし足下は吸い込まれていきそうな漏斗状の急斜面。スキーでアンカーをセットし、上で確保しながらの雪洞建設となった。
 やれやれ、きょうはそれでも6ピッチ半、ルートを伸ばした。すでに体はよれよれだ。一昨日のように素晴らしいVIPルームを掘り終えると、穴倉の中へもぐりこんだ。
 まずは気付け薬で一杯!「五臓六腑にしみるねー!」その後はスープに、ポカリ、お茶と消耗しきった体に潤いを取り戻し、定番となったアルファー米のおじやでディナータイム。いよいよ大詰めを迎えた明日のクライミングに備え、シュラフに入った。「今夜は横になれるー!!」

2月25日(火)
 いよいよ決着の朝がやってきた。今日中にこのクライミングにメドを付けないと、いよいよ僕らはエクストラステージに突入だ。
 「しかしここまでよく天気もったなー。」毎日晴天で、しかも風さえわずかに吹く程度。僕らはまだ本当の利尻の姿を知らない・・・。そんな僕らの気持ちを知ってか、今日の出だしは濃いガスの中。視界はわずかに30m程か。風もそこそこあり、プチ吹雪。顔にあたった湿った風はあっという間に凍りつき、バリバリの真っ白状態。
 「やっと、本当の利尻到来か?」しかしすでに第一リッジは確認済みなので、ホワイトアウトの中登攀を開始。
         
 まずは大ちゃんが2ピッチ伸ばし、第一リッジのコルへ。今日は傾斜のないリッジクライミングなので、リード、フォローともにザックを担いでのクライミング。昨日までのカラ荷でリードし、荷揚げするスタイルとは打って変わってスピードが上がり、高度が稼げる。コルからは島ちゃんがリード。薄く張ったエビのシッポを踏み抜きながらのクライミングに少し手こずりながらではあるが、ロープは順調に伸びていく。時折島ちゃんが上で叩き落とした雪の塊が激しく落ちてくる。どうやらランニングビレイはあまり取れてなさそうだ。
  クライミングのスピードが落ちてきた。少し手こずっているようだな。
 しかしスタート時は真っ白なホワイトアウト状態だった周囲が、少し見え隠れし始めてきた。「ガスが切れ始めて来たか!」そしてその切れ間は徐々に多くなり、頭上にはロウソク岩の第一リッジがはっきりとその姿を見せるようになってきた。
 「なんと!今日もいい天気だ!」いよいよ僕らのボルテージも上がってきた。「これなら今日中にピークは確実だ!!」
 「ビレイ解除!」強風にかき消され、聞き取りづらくはあるが島ちゃんのコールだ。ザックを担ぎフォローで続く。ザクザクのエビのシッポはさすがに足をとられ登りづらい。しかし完ぺきに視界が効き、雲海の上に出た僕らはまるで利尻の神様に導かれるかのように高度を稼いでいった。トポによればこのローソク第一リッジ、おおむねV級のリッジクライミングで、途中一カ所W級の岩壁があり、どうやらそこが今日の核心部となりそうだ。W級の岩はいつ出てくるのか?島ちゃんもジリジリと雪の鎧をまとったリッジにロープを伸ばしていく。「ビレイ解除!」コールがかかった。どうやらこのいやらしい雪のリッジを越えたらしい。大ちゃん、そして僕の順番で島ちゃんの待つビレイポイントへフォローして行った。

 そしていよいよ僕の出番。どうやら4級の岩は僕にお鉢が回ってきそうな気配だ。
 島ちゃんからロープを譲り受け、ハーネスに結ぶ。お決まりのやり方でエイトノットを作るが、どうもイマイチ。気に入らないとやり直す。これはクライミング前の儀式というか、ゲン担ぎというか、とにかくピシッと決まらないと気持ちが悪い。僕なりのスタイルだ。2回目で決まった。「よし!」少し緊張してきた。
 見た目はさほどでもない感じのリッジに踏み出していった。「ここは雪が硬いな。」サクサクとアイゼンを利かせ高度を稼ぐ。目の前には雪に埋もれた大岩が・・・。
 「お、おあつらえ向きのクラックが。」トライカムが効きそうだ。アックスで雪をかき落としクラックを穿り出す。ナッツとトライカムでランナーを固めどりし、その先をうかがう。左は切り立ったリッジにべったりと雪がこびり付き、いかにも悪そう。右は一歩大股で大岩の上に乗れればその上は緩い凹角だ。行くなら右だな。しかし大岩への一歩が微妙だ。「ここがW級のセクションか!?」
 下にまあまあ信頼できるランナーがあるのでアックス一発を決め、それにぶら下がり思い切って右の大岩に足を上げる。「うわ、これスラブだ!アイゼンが掛からない!」その下はすっぱり切れ落ちている。一度戻って体勢を立て直す。一気に足を上げるのは無理だな。スラブにへばりついている雪にステップ切る。「まあ落ちてもトライカムで止まるだろう。」「おっしゃ!」もう一度アックスを決め直し、そいつにぶら下がる。雪に切ったステップに右足を乗せる。「うぉー、、崩れんなよー!」こんな時、いつも体が軽くなる。まるで浮いているようだ!すかさずさらに上の草付にアックスを打ち込み、これを頼りに足を上げていく。もう一発。また足を上げる。僕の体はすっかり凹角の中に入った。「おっしゃー、とりあえずこのセクション抜けたぜ。」
         
 凹角から雪のリッジに這い上がり、その先の開けたレッジでビレイ。頭上には白いリッジがまだ果てしなく続いているようだ。「もしかしてW級の岩壁はまだ上か?」そんな疑念も湧いてくる。
 次のピッチは一転、岩はすっかり白くエビのシッポに覆われている。「傾斜は無いけど、ちょっといやらしそうだな。」おそらく途中でランナーは取れそうにない。ワードホッグとアイスフックだけが頼りだな。ギアを整理すると白いリッジに取り付いた。
 やはりリッジはザクザクのエビのシッポ。しかしその下は細く低いブッシュで、アックスの決まりはイマイチ。アイゼンもふわふわしたブッシュの上に載せているだけで不安定だ。「侮れないな・・・。」アックスを何度も降り、ステップを壊さないように体をずり上げる。
 案の定ランナーはとれない。ミスは許されない。一歩一歩、一挙手一等足に集中する。アックスに血が通い、アイゼンの先に神経が伸びていくようだ。しかしまったく落ちる気がしない。もう怖いものは何もない。すでに数日前の僕とは違う。僕はすっかり利尻に溶け込んでいた。
 「あと10m!」下から残りのロープスケールを知らせる大ちゃんのコールが聞こえる。目の前には少し傾斜の強いリッジが控えている。ここで切るか?しかしここは細いリッジの上で、アンカーも取れそうにない。一段上の傾斜が落ちたところまで行くか!
 エビのシッポを叩き割りながらジリジリと微妙なリッジを這い上がる。アックスを握る拳はグローブの下で腫れ上がってるだろう。しかしこの痛みももうすでになれたものだ。背中のザックもそこに括り付けているスキーも今は体と一体化している。
 不意に目の前が開けた。そこは見覚えのある光景。利尻北峰と本峰、そして南方ドームがはっきりと望める。僕が今立っているこの場所は、その3つの頂に囲まれ、このロケーションの中圧倒的な存在感でそそり立っている。「ロウソク岩のピークだ。やった・・・。」
 しばらくの間、感慨にふけっていたがそんな場合じゃない。確か懸垂下降するためのボルトが、このどこかに埋まっているはずだ。僕はスキーの付いたザックを下ろすとスコップを取り出し、ここと思しきところを掘りまくった。
 「ここか?」違う・・・。「こっちか?」また外した・・・。いい加減めぼしいところは掘りつくした。「仕方ない、スキーを埋めてアンカーにするか・・・。」そう思ったが、ピークの一番奥にこんもりと残る雪の塊が気になった。「これがダメなら諦める。」そう思ってスコップを握り直した。塊を掘って掘って掘りまくった。何も出てこない。「ダメか・・・。」諦めようとした時、灰色に脱色された見覚えのある縄状のものが目に入った。「スリングだ!、あった!!」その周りを穿ると、ボルトが2本出てきた。これにカラビナをかけ、スリングを通す。アンカーが出来た。僕のハーネスに結んであるメインロープを2本ともそのアンカーに連結する。「ビレイ解除!!」下で待っている2人にコールをかけた。「やった。やっちまった。とうとう越えたぞ!」後は2人にそれぞれ繋がっているロープを手繰りながら、雲上の絶景を堪能した。まさしく絶景。ここにいるのは僕たち3人だけ。そりゃそうだよな、こんな2月の厳冬期に、ほかに誰も居るはずない。今はとても満足した心地よい気分だ。とてつもない幸せだ。
そんな気分に浸っていると、やがて2人が上がってきた。
         
 それぞれに思い思いのポーズで記念撮影。でもやっぱりスキー担いでないとね。
 僕もザックを背負い直し、カメラの前に収まった。しかしこの姿、この場にはちょっと変かな。「変態だね、俺たち。」
 この時、下ではレラ・モシリの真奈美さんが決定的瞬間を捉えようと、車を走らせてカメラを構えていたそうだが、あいにく利尻は雲の中・・・。しかしその雲のうえではこんな光景が広がっていたのです!
「すげー、なんていうロケーション!」
「いやー、やりましたねー。」
「今のピッチ、結構いやらしかったですねー。」
「やっぱあのセクションがW級のピッチだったんだ。」「だとすると、一昨日、昨日と俺らが越えてきたピッチはそれ以上。一体何級なんだ!?」
それぞれこのピークに再びたった喜びと、お互いの労をたたえたりと、少しハイテンションな気分に浸り、そして至福の時間をかみしめた。 「じゃー、約束通り2人がスキー担いてローソク岩に立っているシーン、撮らせてもらいますよー。」大ちゃんの今回の目的の一つに、ローソク岩のてっぺんに、スキーを担いで立つクライマーの姿をカメラに収めることがあった。「まあ大先生の功績に免じて、僕らもひとつ協力しますか!」そして大ちゃんは対岸の北峰から僕らをカメラで捉えるべく、一足先に懸垂下降を開始していった。
 しかしこの頃より風も強まり、雲が湧き始めた。やがてそれは僕と島ちゃんのいるローソク岩のてっぺんを覆い隠してしまう。何という皮肉・・・。それでも大ちゃんは、このチャンスを逃したくは無いらしく、じっと対岸で待っている。雲の流れがきつくなってきた。あたりはすっかり真っ白な世界に早変わり。いくつもの雲の塊が強い風に乗って僕らの周りを通り過ぎていく。ジリジリと寒さが忍び寄ってきた。隣で島ちゃんがガタガタ震えている。いったいどのくらいの時間が経っただろうか?僕らの辛抱も限界に近くなってきた。
 「どーしますかー!?」対岸から大ちゃんのコールが聞こえた。「悪いけど、もう限界かもー!」「じゃー、もう降りてください―!」結局雲は切れることなく、それでも大ちゃんはわずかな切れ間に数点の写真は納めたようだが、気に入った写真は撮れなかったようだった。
 これが本峰から見たロウソク岩。僕らが今日辿ったロウソク第一リッジは左のスカイライン。結局今日は6ピッチでロウソク岩のてっぺんにたどり着いた。時間は11時。前日までの苦労を考えるとかなりのハイペースだ。当初はこれくらいのスピードで登れるとタカをくくっていたんですけどね・・・。まあなにはともあれ、僕らは中央ルンゼからロウソク第一リッジの継続登攀をやり遂げることが出来た。
 登攀時間 2日と半日(初日は取り付きが遅かったので実質2日といったところ)
 ピッチ数 15ピッチ
 僕らにとってもかなり登り応えのある、とても厳ししクライミングだった。天気が悪かったら、おそらく同じことは出来なかっただろう。本当に恵まれた4日間だった。

 さてここで僕らの山行は、ここからRideのパートに突入する。そう、僕らの計画はまだ実質半分しか終わってはいないのだ。幸い天気はまだ持ちそうだ。今日はまだ時間もたっぷりとある。「それじゃ、明日のライン、偵察に行きますかー!」大ちゃんの声に、島ちゃんと僕も続いた。
 僕らの当初計画していたラインは、本峰から南峰にかけての頂上稜線のいずれかから、大きな漏斗状をしたアフトロマナイ沢の、繋がっていそうなシュートを見つけ、そこから本流めがけて滑り込むというもの。はたしてうまい具合に良いシュートは見つかるのか。
 ロウソク岩の基部に荷物をデポし、本峰から南峰へ続く稜線をウロウロ。山頂稜線は所々大きな雪庇が張り出し、下を伺うのもままならない。わずかな雪庇の切れ間からアフトロマナイ沢を覗き込むが、そこが本当に下まで繋がっているのかはっきりとしない。しかも先ほど来の風が未だ強く、雲の流れも手伝ってアフトロマナイ沢の全貌を把握することが困難な状況だ。
 それでも当初ドロップ予定にしていた本峰直下の斜面を覗き込む。かなり急で、しかも雪は強風にたたかれ、さらにこのところの晴天のお蔭でかなり固そうだ。どう見ても下まで繋がっていない感じ。ところどころ岩も露出している。南峰から東に伸びるリッジまで行ければ、その下のリッジかもしくはルンゼを辿ってアフトロマナイ沢までは行けそうだ。しかしそこまで行くにはロープ使わないと厳しい感じだ。
 さすがの大先生も、「これはダメですねー。」ちょっと諦めムード・・・。島ちゃんもアフトロマナイ沢には難色を示している様子。
 「あー、ここまで来てこれかー!チクショー!」僕はどうしても諦めきれないでいた。スキーで下れるラインを見る目は、ほかの2人に比べ僕にはあまりない。ましてや大ちゃんがそう言うのだから・・・。「マジかよー・・・。」2人は既にほかのラインを探しに北峰へ移動し始めている。でも僕は未練タラタラで、見る目がない目を凝らしては右下に広がるネイビーブルーのアフトロマナイ沢を見つめた。
 「スギさーん、もうそっちは無いですから―!」「西面が一番コンディション良いかなー。」「それって前回滑ったライン?」そんな会話をしながら北峰に登った。「やっぱり風が強いから、雪は全部パックされちゃうんですねー。去年NHKの撮影でオチュウシナイ沢滑った時は、僕の人生の中でもこれ以上ないっていうくらいのパウダーで、ここ(北峰)からスキーのトップ真っ直ぐ下に向けて滑りましたからねー。本当にあの時は奇跡だったんだなー。」その時の大先生の談である。今はそのオチュウシナイ沢もカチカチのクラスト斜面。しかもこの傾斜・・・。「俺の実力じゃ厳しいなー。」
 しかし結局僕らの意見はまとまらなかった。「今は結構雲もあるし、光の加減でラインも見ずらい状態ですねー。もしかしたら、明日の朝また違う目で見たら、ライン見つかるかも・・・。」大ちゃんの提案に、なんとなく引きずられるような感じで北峰を後にした。「そろそろ今日のテン場も見つけないと。」日もだいぶ西に傾いてきている。
 「もしかすると、本当に西面になるかもな。」そんな思いから先に下る2人とは別に、2年前滑った西面のラインを見つめ直してみた。しかしここからでは西面も全貌が掴めない。「今日はあきらめて下るか・・・。」
 後から下ってきた僕に向かって大ちゃんが嬉しそうに言いた「見つけちゃいました!」「え?」「マジ!」なんと大先生は、唯一といっていいほど、完ぺきにアフトロマナイの本流まで繋がった細いシュートを見つけ出していた!
「これなら行ける?」「繋がってるの?」「マジ?」島ちゃんと僕の矢継ぎ早の質問に「大丈夫です。」大先生の自信ありげな返事。吹き溜まりでできたテラスから下を覗き込むと、斜度40度以上、幅30mほどの漏斗状のシュートがその先で細くなりながら、その下に広がるアフトロマナイの大斜面に吸い込まれている。その一番細くなったノドの部分は50度はあるだろうか?そして両側は切り立った岩壁だ。結構難しそうだがワクワクしてきた。転倒すれば大ケガだろうが俄然やる気が湧いてきた!雪もこの出だしは吹き溜まりでわりと柔らかそう。行ける!!「さすが、大先生!!!!」
 今日も黄昏色に染まり始めた利尻山山頂直下、少し強い風に吹かれながら、こうして僕らの方針は決まった。
 この夜、僕らは今回最後の夜をロウソク岩基部で迎えていた。
         
 あの後、ザックを置いたローソク岩の基部まで戻り、雪洞を掘った。それも今までにない立派なやつだ。中には荷物整理用の棚も設え、土間状のスペースを3人でぐるりと取り囲むように並んだ。でも雪洞掘っているとき、意気込んで掘り始めたはいいけれど、僕のところはあまりにも硬すぎて作業がはかどらず、結局2人に助けてもらう羽目に・・・。ごめんねみんな・・・。
 しかし完成した雪洞はあまりにも快適。その窓からは、あれは鬼脇になるのだろうか下の夜景まではっきり見える。僕らはここをオテル・ド・キャンドルと名付けた。

2月26日(水)
 いよいよ最後の日の朝がやってきた。今日はクライミングではないので割と遅めの起床。気分もどちらかというと張りつめた感じというよりは、リラックスムード。それぞれスマホでBGMなど流しながら、湯を沸かし、α米おじやの朝ご飯を作り始めた。
                  
 そして荷物をまとめると昨日偵察したドロップポイントへ。出発間際、大ちゃんがレラ・モシリの敏哉さんに電話したところ、僕らの計画を聞い敏哉さんは、仕事そっちのけで僕らのライディングを撮影しにアフトロマナイ沢の下流まで見に来るとのこと!「うおー、なんかすごい事になってきたね。」
 
 そしてこれが今日予定しているシュート。確かに昨日の夕方見た感じとはかなり印象が違う。下が見えている分、気分的にも楽だ。あの最後に狭くなったノドさえ無難にこなせば何とかなりそうだ。これなら行ける。敏哉さんが撮影ポイントに移動してくる間、入念に滑走ラインを確認した。
 やがて敏哉さんも下に陣取った模様。結局大ちゃんは下からの撮影に備え、より露出度の高いスキーヤーズレフトの斜面をドロップすることになった。僕は初志貫徹。このシュートにトライする。島ちゃんも僕と同じライン。
 大ちゃんからひとかけら¥3000の高級ワックスを借りて板に塗る。緊張が高まってきた。
 敏哉さんからスタンバイOKの合図が入る。トップは大ちゃん。北峰の山頂まで板を担ぎあけると、そこでスタンバイ。
          
 「行きまーす!」の声とともにドロップ。スピードは抑え、慎重に様子を見ながら滑り出した。やがてジャンプターンを繰り返しながら僕らの視野から消えていった。「結構抑え気味だったな。」
 僕もスタンバイに入る。ゴーグルが少し曇り出してきたのが気になる。一度外して日光に当て、曇りを少しでもとった。やがてボトムまで行った大ちゃんから携帯にコール。「中間過ぎたらリッジの左を行ってください。」アドバイスが入った。「左ね?OK!」板を雪面に突き刺し準備に入る。
 僕の板はK2のWay Back。これにTLTのSpeed Trunを付けた軽量利尻バージョン。板の滑走性能はある程度保ちながら、その分軽いビンディングでアドバンテージをとる選択だ。この冬に何度か試した結果、とても良い感触が得られている。
 ブーツは先シーズンから使っているディナフットのVULCAN。さあいよいよクライマックスだ。ブーツのバックルを閉めスキーモードに。そして食料が減ったはずなのにたいして軽くはならなかったザックを背負う。ストックのリーシュに手を通し、先ずは左足のブーツの先端をTLTのトゥーピースへ。パチン!良い感じの音だ。雪面から板を引き抜き、かかとを踏みこむ。右足も同じように決めると「じゃあ。」島ちゃんに声をかけシュートに吸い込まれていった。
          
 出だしは慎重に横滑り気味に斜滑降。どうやらこの斜面、スキーヤーズライト側にやや柔らかい雪がたまっていて、レフトは割とクラスト気味だ。雪崩の心配はなさそうだが、転倒すればもちろん致命的。死にはしないだろうがまた病院送りは確実。
 背中の荷物にバランスを崩しながらも、必死にジャンプターンを決める。この冬のトレーニングおかげでまだ膝周りの筋肉には余裕がある。「ノドを越えるまでは慎重に・・・。」心に呟く。徐々に疲労が襲ってきた。ターンのタイミングがずれ始める。「あ、タイミングを失った。ヤバ・・・。」「左に寄りすぎるとクラストで足をとられるぞ!」ザックの影響で後傾気味だ・・・。修正出来ない・・・。ノドが迫ってきた・・・。「一発ジャンプターンすれば良い位置に入れるぞ。」でも膝が効かなくなってきた。「どうする?」ノドの下にはもうアフトロマナイの大斜面が広がっている。

 そんな心の葛藤を抱えながら滑っているシーンを、下から敏哉さんが撮ってくれた写真がこれ。大ちゃんが滑ったラインは画面右の大きな漏斗状大斜面。僕が滑ったのはその左隣。画面中央やや左のシュート。小さくて見づらいが、その中の小さな点が僕。
 結局ノドは安パイをとった。そのまま横滑りで通過し、後は大斜面に向かって真っ直ぐ大きくターン。この数ターンがこの日一番のいい斜面だった。
 しかしその快適なバーンもほんのわずかで終わりを告げる。斜面状況は高度を下げるにつれ悪くなってきた。スキーが引っかかってきた。「チッ、サンクラストだ!」
 デブリのほとんどないきれいな1枚バーンは、そのほとんどがサンクラストで覆われ滑りづらい。少しでも緩んだところを探し、ターンを決める。いいよ傾斜の落ちてきたところまで来ると、左から大ちゃんの滑ったラインが入ってきた。「合流したな。」もうここからは流し気味に滑る。
 「ホホーッツ!」左の支尾根から聞き覚えのあるコールが。大ちゃんだ。やがてその姿を見つけると、僕は大きくそっちにスキーのトップを切った。
 どうやら核心部は無事抜けることが出来た。決してカッコいい滑りでは無かったが、こうして五体満足また大ちゃんと合流できた。しかも転倒無し!もうこれだけでも満足せざるを得ないといった感じか。
 「いやー、よく頑張りましたねー!」大ちゃんの言葉がうれしかった。
 後は島ちゃんの無事な滑降を待つだけだ。僕らがいるこの場所からはほんのわずかな小さな点でしかその姿をとらえることが出来ない。やがてどれくらい待っただろうか。僕が抜け出してきた同じルンゼから、小さな点が現れた。「島ちゃんだ!」ようやく僕にもその姿が確認できた。しかし島ちゃんもだいぶ手こずっている様子。なかなか降りてこない。「島田さん、だいぶ疲れてるな。」「一番荷物重そうだからね。」
 その後、しばらくして島ちゃんも無事に僕らと合流。あとは敏哉さんの待つ撮影ポイントまでひと滑り。一番細い板の僕は少しサンクラストに手こずりながらも、先行する2人に置いてきぼりを食わないよう、足をとられながらついて行った。
 沢が大きく右に曲がる屈曲点あたりで敏哉さんは僕らの到着を待っていてくれた。5日ぶりの再開。握手と賞賛の言葉で出迎えられた僕らは、まるで利尻の魔法から解かれたように日常の世界に戻ってきた。そして利尻も僕らが里へ近くなるにつれ、その頂を白いベールで覆い始めようとしていた。
 記念撮影を何枚かとり、久しぶりに感じたのどの渇きと空腹を癒す。とても充実感に満たされ、燦々と降り注ぐ日差しの中満ち足りた気持ちを味わう。
「やったなー、俺たち。」「良い雪には巡り合えなかったけど、これが山岳スキーってもんなんだなー。」「怪我しなくてほんとに良かった。」「ほんと、今回も恵まれすぎるほど天気には恵まれたねー。」
 しばらく今回の大成功の余韻に浸ったのち、敏哉さんの運転するモービルに先導され僕らは旭浜の海岸をめざし、スキーを走らせた。どんどん利尻が遠くなっていくのを背中で感じながら・・・。「ああ、終わっちゃうんだなー。」
 今回の山行は、また僕の心にとても大きなインパクトを残した。それは今こうして山行報告をまとめている今もはっきりと感じる。5日間という日程をこなした事実。これは今後の山行に大きな可能性を与えてくれた。また幾多の困難なピッチを乗り越えた自信。あと僕にとってはスキーに対するさらなる憧れと、滑りっ切ったという自信。
 そのすべてがとても大事な宝物だ。そしてなにより、気の置けない仲間と本気で山に向き合い、万難辛苦とこの上ない喜びをともに分かち合った5日間。僕らは確かにあの山の中で、まぎれもなくあの何物にも代えがたい5日間を過ごしてきたのだ。そしてあの山はそんな僕らを受け入れてくれた。とても暖かく。この思いとそしてあの5日間は、誰にも邪魔されることなくあの時、あの場所に確かに存在した。まぎれもまいない事実として。
 これから僕らはどんな道を歩んでいくのだろうか?そして僕はどんな山行を続けていくだろうか?いずれにしろ、それはあの5日間、利尻Climb and Rideの延長線上に続いていくはずだ。


おわり

 最後に、佐々木様始め、利尻の敏哉さん、真奈美さんそしてこの山行を支えていただいた全ての方々に御礼を申し上げさせていただきます。本当にありがとうございました。
 

バナースペース

山岳ガイド 杉坂 勉

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